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● 第一話「パリの公衆浴場」 ● 第ニ話「パンドラの箱!?」 ● 第三話「ある日の授業」 ● 第四話「トップ.シークレット」 ● 第五話「露出狂生徒」 ● 第六話「契約交渉」 ● 第七話「そんなアホな1」 ● 第八話「そんなアホな2」 ● 第九話「ガリッグの努力」 ● 第十話「ポンプ」 ● 第十一話「こんな生徒には」 ● 第十二話「ゲテモノ食い」 お読みになった感想などお便りください。
滞在記、旅行記、写真など 読みごたえがあり綺麗なものばかり集めました。 ◆ アルジェリア・スキクダ ◆ 日本とアルジェリア(1973年ある日の午後) ◆ ポッケモンのアフリカ ◆ このたびのたび(Assalam Alaikum !) ◆ プロジェクトの舞台 ◆ アルジェリア、カミュが見た夢 ◆ Algerissimo ◆ アルジェ |
前に話したハッシ何とかいう村から五キロメートルと離れていない港町に、ヤイは家族を呼ぶための住まいを見つけた。ここはおおらかな人の好い大家で、外国人に理解のある一家だった。 主人と奥さん、息子と娘二人、それにいつも叔父、姪、甥、従兄弟にハト子がいて、その関係をいちいち訊くのさえ煩わしい大家族であった。 契約後すぐ引越しすることになったが、ヤイの家族が到着するまで私も一緒に住むことにした。同僚から聞き伝わった話によると、泥棒のように、深夜静かに荷物をまとめ、くだんの監視付き大家の離れから出ていった、と近くの住民が噂したほど、彼と私の動きはすばやかった。 普通、引越しは週末だが、可能と見ればもう待ってられない。荷物をまとめ、といってもスーツケースと台所用品くらいである。会社の小さな車に詰め込むと二人分の荷物で丁度一杯になった。そこを後にしたのが真夜中だった。 新居の大家の娘達は十三と十七歳くらいだろうか、頻繁に我々の家に来ては、炊事洗濯を献身的にやってくれる。そこはフランス人と違い、他人の世話を焼く。外国人に対する興味からか、あるいはそうするものだという習慣からか、男二人の世話するのは当たり前と思っている。 ヤイもどうしたことか、今度は彼女らに手を出さない。娘達が若すぎるのか、それとも家族を呼ぶので、トラブルの種を播きたくないのかは定かでないが、妙におとなしい。ジェミラやファティマも以前ほど来なくなった。 いつも大勢の中で暮らせば、プライバシーなど無い。いつ来ていつ帰ったのかはっきりしないし、自分と他人の部屋の区別もつかない。というより、自分の部屋という概念がない。押入や引出しを勝手に開け、掃除をしたり整理するお節介が親切だと思っている娘は日本でもいる。 二人の娘もそうかなと思ったが、出入りするのは台所と居間に限られていたから、一応けじめはついている。そのうち友達や親戚、親父が来ては去り、私たちも大家の母屋に入り浸った。 多くの子供たちが出入りして、どの子の親が誰なのかよくわからない。ただ、彼らの考え方の中に、子供は社会の宝もしくは、国の宝という考え方があるのを聞いた気がする。だから自分の子も他人の子も一様に可愛がり一様に叱る。日本も以前はそうであったように思う。 そこで気づくのは、アルジェリアの赤ん坊はあまり人見知りをしない。もちろん私の知る限りであって、それがアルジェリアの全てではないだろうが、私が会った乳幼児は一様に愛想が良く、抱いていても、おとなしく私の膝で長い間にこにこしている。しかも母親に戻りたいそぶりは全くない。 イスラムといえば閉鎖的で、女性は外出時ベールをまとい、男女交際に関してはタブーの世界と思われがちだが、いったん家の中にはいるととても開放的で親しみやすく、大胆でもある。愛想もいいし、特に、外国人に対しては興味を持っているように見える。 また不思議なのは猫である。普通日本の野良猫は、人を見るとまずじっと身構え、こちらの様子をうかがっては逃げる機会を見計らっている。このしぐさはいつも子供達にいじめられているからだと思うが、いじめるのは何も子供とは限らない。日本の酔っぱらいが猫に石を投げるのは何度か見た。 しかしここの猫はめったに逃げない。身構えることさえしない。手を差しだすとミャーといって近寄ってくる。それが一匹、二匹でなく、ほとんどの猫がそうだった気がする。国民性が違えば猫の性格まで違うのかと驚いた。 【編集後記】 アルジェリア人家族との付き合いは今回が初めてである。 つきあってみれば気さくな人々である。男も女もわれわれには優しく親切であった。 回教徒と言えばかなり閉鎖的な感じを持つのですが、いったん家庭に入るとかなり開放的で、女性は少し大胆ともいえる態度が見られます。 われわれが外国人と言っても大家族のなかの一人であるかのように特別な扱いはなくスムーズに入っていけたようです。 |