エッセー「ここは地の果てアルジェリア」

江田すずめ氏の絵によるエッセー漫画編

●「パリの公衆浴場」
● 「パンドラの箱！？」
●「ある日の授業」
●「トップ．シークレット」
●「露出狂生徒」
●「契約交渉」
●「そんなアホな１」
●「そんなアホな２」
●「ガリッグの努力」
●「ポンプ」
●「こんな生徒には」
●「ゲテモノ食い」
●「引っ越しパーティ」
●「同僚ヤイ」

1部500円（PDF）
●全話収録・全編漫画入り●
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　ここまで何度か登場してきた同居人、同僚のヤイについて話をする。

出身地はギニアであるが、フランスのパスポートを持ち、南仏のマルセイユに住む。機械工学のエンジニアで、ここでは数学と物理を教えていた。マルセイユに家族を置いて単身赴任をしているが、いずれ呼び寄せるつもりらしい。

ただ彼の行動からは、単身赴任を十二分に楽しんでいて、かえって家族がいない方が単身赴任の良さを満喫しているように思える。彼はフランスにいるときから夜な夜な出歩き、まるで狩りでもするかのように女の子を引っかけて回るのが日課だったようだ。

それを知ったのは、断食月の休暇中に、フランスのマルセイユに住む彼の家族を訪ねた時であった。
ヤイに誘われ外出し、夜の町から帰ると、セネガル人の奥さんが私に言った。

「今夜は楽しかった？でもちょっとふられたみたいね。
　毎晩いつもああやって出歩くんだから困った主人だわ・・・」

とはいっても、それは彼に備わった生活習慣のひとつといった様子で、特に浮気がどうのと奥さんが問題にしている風はない。彼は一応イスラム教徒であり、4人まで妻を持つことはできる。とはいってもその気はなく、いっこうに回教徒の信者らしくない。

第一、彼がお祈りする姿を見たことはないし、豚肉、ハム類を食わないと聞いたこともない。酒は好きでよく飲む。同じイスラム教徒でも、国や民族が違えば、適用にかなりの差がある。

アルジェリアに話を戻す。

いきさつは思い出せないが、ヤイが私と一緒に住もうと提案し、何のためらいもなく私は同意した。
私自身、好奇心が人一番強い。それまで外国人と一緒に住んだことはなく、ましてアフリカの黒人と同じアパートに住む機会は滅多にない。ただそんなことを考える余裕もないほど、その頃は無我夢中と好奇心の日々で、あらゆる機会は未知への扉に思えた。

職場から車で20分ほどのハッシ○○と呼ぶ小さな町だった。

ハッシ・メサッドやハッシ・ロンメルという地名がアルジェリアにはいくつもあるが、ハッシというのは井戸のことらしい。中庭を囲むように家々が建ち、離れの二軒分が貸家として空いていた。

先に同僚のフランス人とベルギー人が住み始めたが、我々がもう一軒に入居すると、彼らはすぐ元の宿舎に戻っていった。同僚が私生活でもすぐ近くにいることが、わずらわしかったようだが、それにはこちらは全くかまわず、いちいち気にもしていられない。とはいっても、さして快適とは言えず、シャワーを使う度に排水口が詰まり、湯はしばしば途中で水になった。

広すぎるほどの居間は良かったが、台所も便所も清潔ではなく、そのうち引越をしたいと考えていた。
ただ入居したての頃は、宿舎の入口に監視のいる生活から逃れ、ほっとしたものだ。

引越をして間もなくして、皆を呼びパーティーを開いた。男二人の住まいだがいろんな料理を作り、20人ほどの宴は盛り上がった。

それから幾日も経たずして、前述の黒人美容師ファティマと、スペイン語通訳ジェミラたちが出入りすることとなる。天才的というか、もって生まれた性分か、あるいは黒人同士通じるものがあるのか、はたまた黒人を神秘的に感じるのか、ヤイは女の子達とすぐ仲良くなる。

ずっと後にアフリカ諸国を回ってようやくわかったが、仲良くなるのは簡単だ。挨拶はいつでも誰とでも、町ですれ違いざま、あるいはエレベーターで、喫茶店でといった調子である。

だから、そんな中の何人かを連れてきたにすぎないが、当時は不思議だった。
女の子にとって外国人は金回りが良く、貴重な外貨を持つ特権階級である。
しかも三十前後の単身者とくれば、もてないはずはない。

外貨とは、ドルやフラン、マルク（当時はまだユーロ統合前であった）のような西側諸国の通貨を指す。アルジェリアの通貨は持ち出し禁止の上ドルやフランとの交換に制限がある。彼らが休暇でヨーロッパに行くにためは、まさに喉から手が出るほどに欲しい。

　さて、ジェミラはたいして美人ではないが、お洒落な娘でスタイルが良い。
肌の色は日本人より少し濃い。髪は生まれつき茶色がかっているが、栗毛というほど優雅ではない。

我々4人は、三日に一度はゲームやお喋りで夜を過ごし、ジェミラは泊まっていった。
寝るのはもちろんヤイと一緒である。それはすぐに大家が知るところとなり、女を連れ込むなという苦情が来る。

ヨーロッパ、特にフランスの感覚では、大きなお世話であり、大家であっても他人のプライバシーに口を出すのは我慢ならない。しかも仕事が終わり夕食を済まして夜八時頃に帰ると、大家の妻である老女が、いつも我々を戸の隙間から覗き、まさに監視の有り様だった。彼らアルジェリア人にとって、異教徒の外国人に同胞の女は渡せないという気持ちと嫉妬があるらしい。

この国の女性と結婚するには、我々が回教に改宗する必要がある。大家が言うには、外国人の女なら好きにしろ、だがアルジェリア女は駄目だ。隣近所の目があるという。今思えばヤイもかなり大胆だが、当時私も、むしろフランスの影響でヤイと共に憤慨し、早々に引っ越すことにした。

そこに至るまでには、いろんな事があった。

【編集後記】
いよいよ黒人、ヤイとの同居生活が始まります。今から思えばなぜ彼が私と一緒に住もうと言い出したのかよく分かりませんが、ムッシュ・ガリッグの話では元請けの会社が日本人のため私がそのスパイとして派遣されてきたのではないか、ヤイを監視人として送ったとか言ってましたが本当のところは分かりません。

しかし、別々の部屋で寝泊まりし、食事をたまに一緒にするくらいではありましたが、彼と私の暮らし方には相当なギャップがあった事は事実です。
結局、彼の家族がアルジェリアに来ると問題は沈静化しました。

しかしこのときの経験もまた強烈でした。
きっと彼にとっても相当しんどい体験だった事でしょう。

→ 同居者・ギニア人講師ヤイ２